2013年4月7日日曜日

宮城・気仙沼に見る震災復興の矛盾

 東日本大震災の被災地で、自治体が策定した復興計画が図らずも住民に波紋を広げている。

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 宮城県気仙沼市幸町1丁目--。津波が押し寄せた地域で水産加工業を営む春日淳一さん(67)は、「このままでは“3重ローン”を背負うことになりかねない」と不安を吐露する。

■ 道路拡幅への不安募らす

 2年前の3月11日、丘陵地のふもとにある春日さんの自宅および隣接する工場には、大人の背丈ほどの津波が押し寄せた。自宅の1階が水没し、イカの塩辛 の原料を作っていた自宅に隣接する工場は、天井まで海水に浸かった。復旧に7カ月もかかり、自宅と工場の改修に1000万円以上も費やした。

 ところが、生活が落ち着きを取り戻す間もない1年半前、道路の拡幅計画が持ち上がった。自宅前にある幅4メートルの道路を9.5メートルに広げるととも に、2車線にして、自動車がすれ違うことができるようにするというものだ。拡幅後の道路には避難道路の性格も持たせることで、再び津波が襲来した場合に、 高台にある市民会館や中学校にすみやかに避難できるようにするとの説明が市役所からあった。
 だが、計画を知った春日さんは頭を抱えた。自宅の一部が拡幅後の道路部分に引っかかり、立ち退きを余儀なくされるためだ。その後、自宅を含む町内一帯は 土地区画整理事業の対象地域になることも判明。さらに「盛り土かさ上げゾーン」に区分されたため、「工場も取り壊したうえで、ほかの場所に移転しなければ ならなくなる」と春日さんは話す。

■ 自宅建て替えで“3重ローン”も

 「70歳近くになって、新たな場所で一から再出発するのは厳しい。震災前からの借入金や震災後のリフォームに加えて、自宅や工場の建て替えでまた借金をしなければならなくなる」(春日さん)。

 「きちんと相談させていただいたうえで、事業への協力を求めたい。住民の方には不安もあろうかと思うが、悪いイメージでとらえていただきたくない」と村 上博・気仙沼市都市計画課長は復興計画への理解を求める。しかし、自宅や工場を建て替えるための資金を、被災者自身が工面しなければならず、重い負担がの しかかる。

 国土交通省によれば、土地区画整理事業は戦災や震災からの復興、町づくりで大きな役割を果たしており、2007年度末までの着工面積は全国の市街地の3割に相当する約34万ヘクタールに達している。だが、津波被害が深刻な被災地で、事がスムーズに運ぶ保障はない。

■ 盛り土かさ上げ工事の矛盾

 春日さんが住む幸町1丁目では震災前に約130戸あった住宅のうち、約100戸が津波で流失し、現在残っている住宅は25~30戸に過ぎない。運良く自宅が残った人にとって、いったん立ち退きを余儀なくされる盛り土かさ上げ工事はありがたいものとは限らない。

春日さん宅に隣接する藤村治代さん(66)宅も、道路の拡張および盛り土工事の影響を受ける可能性が高い。

 天理教の教会を併設した藤村さん宅の玄関前で、津波は止まった。自宅は幸運にも一部損壊にとどまり、震災後も住み続けることができた。ところが、春日さん宅と同様に、道路の拡幅計画に直面。教会の移転を迫られるおそれもあるという。

 また、内ノ脇1丁目で工務店を営む橋本恒宏さん(45)も、「盛り土カサ上げはやらないでほしいというのが本音」と語る。

 2年前の震災当日、橋本さんの自宅兼事務所の玄関まで津波が押し寄せ、大きな被害を受けた。ダンプカーや加工機械も、ほとんどが使用不能になった。

■ 職人不足で建築工事に遅れも

 大きな被害を受けた内ノ脇1丁目について、「市の説明では、2.5~3メートルの盛り土が必要だとされている。自分の家だけが盛り土を拒否すると、窪地 の中に取り残されることになる。盛り土工事をやる以上はしっかりやってもらうしかない」と橋本さんは複雑な心境を吐露する。

 そのうえで、「市が提示する2017年度までに盛り土工事が終了するとは考えにくく、長期にわたって不安を抱えての生活が続く」とも橋本さんは話す。

 建設業の橋本さんは、震災復興の遅れを身にしみてわかっている。「職人の確保が難しく、受注した住宅の建築工事がなかなか進まないのが悩み」(橋本さん)という。「いつになれば新たな町並みができあがるのか、想像もつかない」と橋本さんは語る。
■ 突然の5.2メートル防潮堤計画

 海に面した市街地では、防潮堤(海岸堤防)建設に懸念の声が持ち上がっている。

 大島航路の船着き場がある「内湾地区」は気仙沼の海の玄関口とされ、震災前は観光客でにぎわっていた。

 だが、海水面から5.2メートル(当初は6.2メートル)の高さの防潮堤建設を宮城県が打ち出したことで、「海が見えなくなる」「津波が防潮堤を乗り越えた場合、危険性が増す」と懸念する住民が少なくない。

 石油製品販売業を営む高橋正樹さん(49)もその一人だ。高橋さんら有志は「気仙沼市防潮堤を勉強する会」を結成。行政の担当者や学識経験者を招き、防 潮堤整備の法的根拠や制度的ルール、防災面での安全性や景観への影響、今回提案された防潮堤の構造など多面的な検証を進めてきた。

 そのうえで、昨年11月には村井嘉浩・宮城県知事宛に要望書を提出した。そこでは、「地域の実情に合った防潮堤の整備」や「防潮堤の整備計画などを決める際に住民の意見を反映すること」などを求めている。

 だが、ビルの3階近い高さの堤防建設の計画について、県は「人命尊重」を理由に抜本的に見直す考えを示していない。その一方で住民の合意を得られていな いことから、堤防の高さは確定しないまま、現在に至っている。その結果として「災害危険区域」の指定が今後、流動的になる可能性があり、震災後の町づくり への影響が懸念されている。

 高橋さんは「なぜ5.2メートルの高さの防潮堤が必要なのか。なぜこの地域に住んだこともない人たちで、上から決めるようなやり方をするのか」と問題視 する。そのうえで、「高さなどの根拠となる津波のシミュレーションの中身すら県が住民に示していないことは、計画そのものがいいかげんなものではないかと の疑問すら抱かせる」と語る。
 
復興の遅れは、 被災した住民の生活にも深刻な影響を及ぼしている。内ノ脇2丁目にあった自宅や貸しアパートなどすべての不動産を失った小野道子さん(68)は、「市によ る土地の買い取りが進まなければ生活が成り立たなくなる」と語る。小野さんの自宅があった地域は市の計画では「防災緑地」に位置づけられているが、いつ整 備が始まるのかがはっきりしていない。

■ 見通しがはっきりしない土地買い取り

 前出の村上課長は住民向けの説明会で「コンサルティング会社に業務を発注して計画作りを進めている」と述べた。ただ、それに続けて、「(防災緑地や公園 については)国の復興交付金で整備する場合の指針や要件が定まっていない。そのため、どのくらいの規模や内容ならば国の交付金で整備できるか明確になって いない」とも説明した。

 不安を抱く住民の質問に対して、菅原茂市長は「希望者の宅地は4月以降、市で買い取っていく」と語ったが、時期は不透明だ。「一刻も早く、安心して生活できるための道筋を示してほしい」と小野さんは訴える。
岡田 広行