2013年4月10日水曜日

ルポ・福島:いわき・海洋汚染サンプリング調査2年 9月から試験操業、海の再生信じ 東電トラブル続発に怒り /福島


毎日新聞 2013年04月10日 地方版
甲板に上げられた魚介類は、市場ではなく「検体」として県水産試験場に運ばれる=いわき沖で
甲板に上げられた魚介類は、市場ではなく「検体」として県水産試験場に運ばれる=いわき沖で

 ◇この瞬間がたまんね

 福島第1原発事故による海洋汚染の影響を調べるため、漁師と県水産試験場が行っている魚介類のサンプリング調査が、4月で開始から2年を迎えた。放射能汚染の原因物質の一つ、セシウム134の半減期と重なったこともあり、全体的な数値は低下傾向にある。いわき市漁協は9月にもメヒカリなど計13種の試験操業を始める予定だが、汚染水漏れなど原発で相次ぐトラブルが暗い影を落とす。海の再生を信じ調査を続ける人々を追った。【三村泰揮】
 春の到来を告げる高気圧が県沖に張り出した3月中旬。記者はいわき・江名港から底引き網漁船「常正丸」(19トン)に乗り込んだ。
 福島の漁業は、原発事故による海洋汚染で操業自粛が続く。陸に上がりアルバイトをして食いつなぐ漁師たちにとって、月に1度のサンプリング調査は「本職」に戻れる貴重な機会だ。いわきの漁船は小型船が主流で、放射能汚染の影響をもろに受けている沿岸・近海が漁場だ。中大型船の多い相馬双葉漁協と異なり、試験操業を開始できないでいる。
 常正丸の乗組員4人のうち3人がセンバツに出場した県立いわき海星高の出身だ。2畳の船室にあるテレビは、母校の甲子園初出場のニュースを伝えていた。同校OBの機関士、土屋功さん(49)は「俺らも負けらんねえ」とうれしそうだ。
 海を進んで2時間後、塩屋埼沖約40キロの漁場についた。速度を落とし、長さ500メートルを超す底引き網を船尾から投じる。網を引いて約1時間後、漁労長の矢吹正美さん(49)が巻き上げ機を作動させると、甲板に飛び出した乗組員たちに緊張が走った。
 巻き上げられた網から出てきたのは、ツブ貝、ヤリイカ、メヒカリ、マダラ、マダイ、ケガニなど10種。「この瞬間がたまんね」と顔をほころばす乗組員たち。事故前ならば、食卓のごちそうだ。いつのまにか、空を覆うほどのカモメの大群が“豊漁”を祝福するかのように快晴の空を飛び交う。土屋さんは「試験操業に向けて頑張っぺ」と言い、自らを鼓舞した。
   ◇  ◇
 「セシウムは筋肉にたまる。その濃度は着実に下がっている」。いわき市にある県水産試験場。漁場環境部長の藤田恒雄さん(53)が、同市の漁師から届いたメヒカリをさばいた包丁を置き、笑みを浮かべた。
調査は魚の分解から始まる。包丁やはさみを使った手作業で頭部を切り開いて耳石から性別を確認した後、胃の内容を調べ、魚ごとの生態記録表を作る。その後、魚をぶつ切りにして郡山市の県農業総合センターで放射性物質の濃度を調べ、記録表と突き合わせる。その繰り返しによって生育環境や魚種ごとの濃度の違いや、食物連鎖の中における放射性物質の動きなどが見えてくるのだという。
 3月までの半年間で調べた170種から、国の基準値(1キロ当たり100ベクレルを超えると出荷できない)を上回ったのが全体の8・7%と1割を切ったことが判明。試験操業への道が見えてきたのだ。
   ◇  ◇
 しかし、先月中旬の大規模停電事故や今月5日に発覚した放射性ストロンチウムなどを含む大量の汚染水漏れは、調査に携わってきた人々の希望を砕く。
 土屋さんは「またかという思いだ。原発で何かあったら、最後にしわ寄せが来るのはいつも漁師だ」とやり場のない怒りに震えた。藤田さんは「(汚染水漏れが海に影響なくても)風評被害など二次被害が懸念される」とやりきれない思いだ。
 11年3月の原発事故直後に海に放出された、1リットル当たり推定10万ベクレル超の濃縮汚染水が福島の漁業を中止に追い込み、その後遺症に漁師たちは苦しみ続ける。海で生きる人々にとって原発事故は収束でなく進行中なのだ。
毎日